キムチのきもち

キムチのきもちになって考えてみよう

週報45 鬱から立ち直って1年経ったので振り返る【前編】

私は1年と少し前まで、双極症(躁うつ、双極性障害)だった。

数年前にかなり激しめの躁状態になって、その後極度の鬱状態が続いていた。

鬱だった時期は、合計で2年ぐらいだろうか。

うまく眠れないし、起きていても何もする気力が起きないし、常にこの世からいなくなりたい気持ちでいっぱいになる。

少し何かをしただけで、ひどく疲れるし、シャワーすらままならない。

明るい時間に起きていると、昼間に働いている人々と違って誰の役にも立ててない自分を永遠に攻めてしまう。

だから昼間はずっと寝てるし、夜起きても何もしたくないからアニメやYoutubeばかり見て朝が来たら寝る。

よくある鬱のどん底にいたわけだが、色々と工夫してみて立ち直って、再び働けるようになってちょうど1年ぐらいが経つ。

誰の役に立つかはわからないけど、ひとまず自分用の振り返りとして、その頃にやってみたこと、功を奏したことを2回に分けてまとめていこうと思う。

※再現性は保証しない

大前提、鬱の症状は人それぞれである。

鬱病の鬱と、双極症の鬱も、厳密には症状が異なるだろう。

年齢、育った環境、体力、性別、その人が今置かれている環境、によっても鬱の度合いは異なる。

私と同じことをやったところで、必ずしもその通りに鬱が綺麗サッパリ良くなるわけではない。

その点は最初に留意しておいてもらいたい。

私自身も、立ち直る過程で本当に色々なことを試した。

だから、最終的にどれが効いてどれが効かなかったのかは判断できない。

とあるタイミングで効いた対処法は、別のタイミングでは効果がないかもしれないし、その逆もありえる。

これ以降で書かれる内容は、あくまで1サンプルに過ぎないことを、最初に断っておく。

ただ、そのうちのどれかが、もしかしたら読者のあなた自身にも効くかもしれないし、効かないかもしれない。

似たような境遇の人に、なにか希望になるような内容になれば嬉しいと思う。

前提

雑に、鬱だった当時の私の状況を前提として書き連ねておく

  • 年齢: 30歳
  • 運動習慣なし
  • 喫煙者
  • アルコールは飲まない
  • 職業: エンジニア、自営業
    • エンジニア歴は4年程度
    • マイクロ法人で、SNSマーケ、SEO、Web制作なども受注していた
  • 都内23区外に一人暮らし
  • 2021年頃(記憶が曖昧)に双極症を発症
    • その後2年程度鬱で家にずっと引きこもる
    • 実質的に経営不可能な状況になり収入が途絶える
    • 辛うじて月に1回だけの講習の案件だけはこなしていた状況

やったこと

ゲーム鯖で人と話す機会を増やした

鬱の時期はとにかく孤独だ。

日中に起きていると、「他の人間は社会に出て働いているのに、自分は何もしていない無価値な人間だ」という罪悪感に苛まれる。

天気の良い日などは最悪だ。

こんなに空は青くて、天気がよくて風は気持ちいのに、俺は鬱だ。

布団にくるまって夜を待つにしても、否応無しに窓から日光が差し込んでくる。

だから夜がやってくるのは、私にとって救いだった。

スプラトゥーンが好きなので、自分ひとりでずっとプレイしていた。

だが、一人でレート更新し続けるのも、かなり精神がすり減るし、何より虚無感が襲ってくる。

それを紛らわせために、 社会人向けのDiscord鯖に凸って、他の人とゲームをする時間を増やした

最初は人と話すのが久しぶりすぎて、うまく声も出せないし、どんなテンションで話していいかもわからない。

だが、それでも誰かと話しながら好きなゲームをするのは、自分にとってかなりの救いになった。

また、雑談中に素直に鬱で療養中だと打ち明けると、割と柔軟に理解してくれて、普通に接してくれた。

以外にもゲーム鯖には、そういう経験をした人間や、自分と同じように療養中の人間もいた。

1時間ぐらい一緒に遊んだらバイバイなので、終わったあとは少し虚しい気持ちになる。

だが、プレイしていた1時間はあっという間で、 少なくとも辛い現実以外の対象に没頭できた。

今振り返ると、現実を忘れられたという体験の積み重ねが、自分自身が失った精神的エネルギーの充電の役割を果たしてくれた気がした。

もちろん、人と会話するのは疲れる。

面識の無い相手と遊ぶには、それなりに対人関係のストレスも生じる。

実際自分も、波長の合わない人がどうしてもいた。

ただ、現実の人間関係とは異なり、ゲーム鯖では そういう相手とは遊びの約束をしなければいい という選択肢を取れる。

Discord鯖はいくらでもあるので、そもそも鯖を変えたっていいのだ。

そうやって私は、失った社会性をすこしずつゲーム鯖で取り戻していったのだった。

体力をつけた

ゲームを人として、会話したり笑ったりすると、疲れることに気づいた。

起きて動画をみてゲームをする生活しかしていないのに、疲れる。

なんだこれは。

体力が落ちていたのだ。

ちょうど30前後なので、体力がガクンと落ちるタイミングでもあったが、あまりに活動できない。

人間の心は、脳と身体が半分ずつを占めている。

とするならば、体力が削られているということは、心を削られているということでもある。

だから私は、少しずつ体力を取り戻すことにした。

1日1食しか食べなかったが、2食食べるようになった。

コンビニのお菓子やおにぎりばかり食べて、栄養が偏っていたが、

スーパーのお惣菜を買ったり、松屋で牛丼とサラダと味噌汁を食べたりするようにしてみた。

最初のうちは、そもそも外に出かけるのがしんどい。

普通に辛い。

明るいうちに外に出るのも怖い。

だから、暗くなった頃に出かけていって買いだめするようにしてみた。

すこしずつ体力がついてくると、昼間にも出かけられるようになってきた。

それでもまだやっぱり怖いのだが、せっかくだから美味しいものを食べてみたりもした。

イタリアンやラーメンや和食など、調子が良い日は、徒歩数分だけ活動範囲を伸ばしてみた。

そうやって一歩一歩確かめながら、体力を取り戻しながら、外の世界に踏み出す勇気を取り戻していった。

鬱であることを開き直った

体力をつけようと上記のようなことをやり始めたころに、覚悟を決めた。

鬱になるような性格は今更変えられないし、昔から心配性で病みやすいなら、もうそれと一生付き合って生きていくしかない。

昔から私を知ってくれている友人から何度か言われたこともあり、 自分の性格を変える ことを諦めた。

その代わりに じゃあどうすれば、そのような自分でありながらも暮らしていけるか? に思考を集中させることにしたのだ。

この頃には医者の言う事を無視して薬を飲むのをやめてしまっていた。

自分でなんとかするしかないと開き直ることにした。

日中しんどくても、どれだけ希死念慮が辛くても、飯を買いに外に出るようにしたし、ゲーム鯖に顔を出すことはやめなかった。

10社ぐらいエージェントに登録した

そんなこんなで、いよいよ口座の残高も、再来月かその次の月ぐらいに赤字になる状況になった。

いよいよケツに火がついたのだ。

しかし働かずに療養を続ける手段はまだある。

障害年金などを申請すれば食いつなげるだろう。

だが結局そんなことをしている限り、自分はいつまで経ってても鬱から抜けられない気がした。

結局のところ、この辛い局面を自分で切り開いて、怖くても、うまくいかなかったとしても、それでも一歩踏み出すしか自分を変える方法は無い。

そう思い立った私は、手当たり次第フリーランスエージェントに登録した。

重い腰を上げてスキルシートの改修にも手を付けた。

ネット上でイケてるエンジニアの経歴書や、イケてるスキルシートのサンプルを元にして、見様見真似で自分の薄い経歴を書き直していった。

エージェントの担当者にも添削を依頼して、何度も何度も納得が行くまで書き直した。

一気にエージェントに登録したので、ほぼ毎日面談があって辛かった。

昼に予定を入れても起きられる自信がないし、起きられても面談の時間が来るのが怖かった。

面談のあとは疲れがどっと襲ってきたし、たった1時間の面談をするだけで使い物にならなくなる自分の精神と肉体が憎かった。

初回面談の翌々週ぐらいから、企業との面接がちらほらと入るようになっていった。

最初のうちは、ミスマッチもあったり、受けごたえがうまくできなかったり、面接が通過しないこともたくさんあった。

それでも諦めずに、エージェントが送ってくる候補に応募しつづけ、面接を受け続けた。

後編へ続く。