表現について思うことがあって考えていた
1月で保守の現場が終わった。あっという間だった。
非常に濃密な3ヶ月だった。
上司からフィードバックももらえたし、収穫が多い現場だった。
仕事の最中は、技術的なこと以外にもいろんなことを考えた。
特に、忙しい中でどうやってコミュニケーションを取って合意を取りながら、ベストな選択肢を推し進めるかみたいなことを、よく考えていた。
その過程で、色々と見えたものや感じたことがあった。
- どうして、なかなか仕事が進まないのか
- いまの開発体制が、なぜこうなっているのか
- 若手の育成や教育について
- 自分も過去に鬱をやっているが、エンジニアが鬱になるのはなぜなのか
などなど。
今朝目が覚めたとき、『表現』という切り口で色々と説明がつきそうとひらめいた。
現時点では全然まとまりがないが、ひとまず書いてみる。
表現の辞書的な意味
まず、表現という言葉の意味だが、辞書にはこんなことが書いていた
『[名](スル)心理的、感情的、精神的などの内面的なものを、外面的、感性的形象として客観化すること。また、その客観的形象としての、表情・身振り・言語・記号・造形物など。』出典元:表現(ひょうげん)とは? 意味・読み方・使い方をわかりやすく解説 - goo国語辞書
わかりやすく言えば表現という文字通り、表に現すということだろう。
表現するのは、頭の中で考えていることだったり、心の中にある気持ちだったりするだろう。
仕事上必要になる表現力
誰かと仕事をしている以上、当たり前だが毎日何かを表現する必要がある。
報連相は全て表現の一貫だ。
- 任されてるタスクのステータス
- 困ってること、わからないこと
- 重要そうだと思うこと
- 今日の体調とかコンディション
- 自分の現在のキャパシティ
など。
チームでプロジェクトを進行していくにあたって、自分の頭の中、自分の状況、ときには自分の感情を、表現しなければならない。
そしてそれらの表現は、単に伝えるだけの表現では駄目で、相手に伝わるような表現でなければならない。
相手に伝わるのは、伝えたことではなく、伝わったことだけだから。
表現を育てる難しさ
表現が必要不可欠なら、表現を育てるしかない。
だが、表現を育てるのにみんな苦労している。
例に漏れず、私も苦労したし、今でも苦労している。
なぜ大変かと言うと、表現の開始点は常に、自分が足りていないという点だからだ。
どんな相手が来てもある程度十分に伝わるレベルの表現(つまりコミュニケーション能力)が、自分に備わっていれば、それは足りていることになる。
だが、どう伝えれば相手に伝わりやすいかなど、十人十色で相手によってその都度表現を変える必要がある。
短く言ったほうがいい相手もいれば、細かく説明したほうがいい相手もいる。
冷静に論理的に話したほうがいい相手もいれば、物語調で情動的に話したほうがいい相手もいる。
さらに相手だけじゃなくて、環境によっても変わる。
フラットに雑談しやすい雰囲気なら、自分の素直な気持ちを表現しやすい。
だが厳格で軽口を叩くのもはばかられるような雰囲気なら、そもそも黙ってたほうがいいこともある。
的確な表現をするには、場数を踏んでいろんな表現パターンを自分の中に蓄積しないといけない。
だから、苦労する。
蓄積したパターンも、時代が立てば役に立たなくなることもある。
そして、自分の表現についてフィードバックしてくれる人がいればいいが、そうじゃないなら、自分で方向修正するしかない。
人生経験がある程度あれば、自己修復して自己改善していける。
だが、人間関係、環境があまりにもミスマッチだと、表現そのものがストレスになってしまう。
おそらくそのとき、その人には何が起こっているかと言うと、適応障害が起こっているのだろう。
一旦ここまで
だいぶ書いたが、まだまだ整理したいことがあるので、次回に回すことにする。
- 表現をやめると自分を殺すことになる
- 言葉狩りは結果的に人を殺す
- 幼少期の環境によっては表現が育つのが遅れる
- 表現が育つための必要条件
- 表現を育てるための訓練方法
だいぶ賛否両論な内容にも踏み込むし、自分の過去を一部さらけだすことになるので、じっくり考えて書いていきたいと思う。
表現を育てる方法に関連した書籍
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